講堂とのお別れの会
平成17年6月1日(水) 佐藤小学校体育館にて「講堂とのお別れの会」が行われました。
全校児童、先生方をはじめ、市議会議員の伊藤さん、石川さん、自治会長さん、PTA
役員,民生委員の皆さん等地域の方々がたくさん見えられました。
最初に、校長先生よりこの講堂が50年前に地域の方々の寄付により建てられたこと、
老朽化と学校規模適正化による新校舎建設のために取り壊しがきまりました。とのお
話がありました。
宮本先生のプレゼンにより、50年の講堂の歴史が紹介され、地域の方々が講堂の
思い出をかたられました。ボランティア世話人の矢入さんのお話は非常に興味深いも
のでした。
・建設のために佐藤小学校の教師をなされ、後に市議会議員になられた牧野さんと
いう方が大変なご尽力をしていただいたこと。
・建てられた当時は木造が主流の時代なのでコンクリート造りは珍しく立派であった
こと。
・「ギリシャの建物のようだ」とのうわさがながれたこと。
・昔はテレビもなく講堂で映画や演劇、手品をみて楽しんだこと。
・カーブの床での入学式・卒業式はいまでも多くの人の思い出となっていること
最後に、5年生の渡辺さん、6年生の平澤君が立派な作文を披露してくれました。
建物が老朽化し、取り壊され、景観が変わることは仕方のないことかもしれません。
しかし、佐藤小学校の講堂が建てられた当時の地域の様子、地域の方々の努力は
申し伝えして行く必要があると思います。
浜松は繊維の町、織物の町だったのです。佐藤町、天神町にはたくさんの織屋さん
があったのです。「ガチャマン」とよばれた好景気に支えられ、この町の人々は大変元
気だったのです。
佐藤小学校の校歌の2番に「ああーうるわしの夢おりて、、、」とありますが、この
「おりて」は織物の町を象徴しているのです。
当時の地域の人々は地元の子供達の将来を願い、私財をなげうって立派な講堂を建
てたのです。
講堂がなくなってもこのことは語りついでいって欲しいものです。
平成12年以降講堂を使用することはなくなり今の子供達にはあまり思い出はないか
もしれませんが最後にこのような立派な会を催していただき、大変ありがたく思います。
少しでも子供達の記憶に残れば幸いです。
PTAのホームページ16年度版もこれで本当に終了させていただきます。講堂の解体
で始まったPTA活動がこのように無事終了したことに安堵しております。ありがとうござ
いました。
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